「何だ、いきなり。危ないではないか」

桂小太郎はむっとした表情を浮かべてそう言った。刀を構えた相手に向かってよくそんな余裕をかましていられるな、と銀時は思った。
こいつ、強いのか?一瞬そんな疑念が頭を過ぎった。

「何だよ」
「何がだ?」

桂小太郎は眉を顰めた。銀時の威嚇をものともしていない。否、これが威嚇だということさえ理解されていないように思える。
銀時ははぁ、とため息を吐いて刀を鞘に収めた。

「お前、坂田銀時、だろう?この前は挨拶もろくにできなかったからな。改めて、桂小太郎だ。よろしくな」

そう言って桂はにっこりと微笑んで、大荷物の隙間から手を無理くりに差し出した。
しかし銀時は、どうも、と言って目も合わせずに会釈だけをした。初見の際挨拶もできなかったと思っているようだが、それは銀時が意図的に回避したのだ。

「わ、」

握手を求めた所為で、抱えていた桂の荷物がばさばさと地面に落ちた。
慌てて拾い集める様を銀時が手伝うでもなく憮然として眺めていると、びゅうと西から一陣強い風が吹いて、書面らしき紙が散り散りの方向へ飛んで行ってしまった。

「大変だ!」

そう言うなり桂はかなり遠くまで飛ばされた紙を追って走っていった。
そんなに大切なものなのかと側に落ちていた一片を何気なく拾うと、そこには得体の知れない妙な生き物たちがこれまた妙な名前と共に描かれていた。
(…なにこれ)
壊滅的な絵のセンスと達筆ではあるが意味の通じない単語は、銀時の脳内のあらゆるものの枠組みを軽く飛び越えていた。
天人とか言う地球外生命体にも似て非なるそれらは、お世辞にも愛嬌があるとは言えなかった。これは所謂金持ちの娯楽というやつなのだろうか。
銀時が小首を傾げている内に桂は全ての紙を拾い終えたらしく、ぱたぱたと軽快な足音を立てて戻ってきた。銀時は桂が目の前に立っている気配を感じたが、
あえて顔を上げずに紙上の怪物たちを凝視し続けた。

「気に入っただろう。俺の自信作だ」

もの凄く得意気に鼻を鳴らして桂はそんなことを言い放った。
次いでそのモンスターたちが生まれた経緯や特性などを語り始めたが、足から魔法の粉が出るとか言われても足がどれかがまず分からないし、こいつは雄に見えるけど実は
雌なんだと言われてもこれに性があること自体に吃驚だし、銀時はただ不審そうな顔で桂曰くこの村を護っている「妖精」たちの解説を聞いていた。
聞きながらひとつだけ思ったことは、こいつは馬鹿なんだ、ということ。
良家の養子だとか金持ちだとかいうことは哀しいほどに関係なく、こいつはどっかのネジが緩んで、挙げ句に抜け落ちてしまったただの馬鹿だと、銀時は納得した。
ひとしきり説明を終えると、桂は充実したため息をひとつ吐き、
「実は、これを見せたのは銀時が初めてなんだ」
と言って笑った。だから何だよ、と思う反面、銀時は目の前の馬鹿の脳内がどうなっているのか、ほんの少し気になった。

「俺、銀時に初めて会ったとき、妖精だと思ったんだ」

「…は?」
銀時は思いっきり眉を顰めて素っ頓狂な声を上げた。あまりに突拍子のない桂の発言は、銀時を戸惑わせた。
鬼の子だとか化け物だとか、人間じゃないものに喩えられることは慣れていた。しかし妖精などと言われたのは無論初めてで、寧ろそっちの方が反応に困るというものだ。

「だってすごく綺麗じゃないか、銀時の髪」

何だ、これは。新手の嫌がらせか?
銀時は目を白黒させながらそう思った。
容姿を褒められたことなどあるはずもなく、銀時自身自らのことを異形だと自覚しているにも関わらず、桂は__今日初めて会話をしたこの子供は__何の迷いもなく
銀時のことを綺麗だ、と言う。

「でも、違った。普通の人間だった」

心底残念そうな面持ちでそう付け加えられ、銀時はああ悪かったね妖精さんじゃなくて、とこっそり悪態を吐いたが、ここまであっさりと自分という異端児を
受け入れられると拍子抜けしてしまった。
ヘンなやつ、頭おかしいんじゃねぇか。


「…もう帰れば」
「駄目だ!まだ話は終わってないんだ!一度乞うた教えは最後まで聞くのが筋だろう!」
「頼んでねぇっつの…」
その後も桂は延々と今度は隣村の妖精の話をし始め、夕日が沈みかけた頃にやっと話は終わったが、塾まで一緒に帰ろうと聞かなかった。
銀時はすっかり疲弊して断る気力もなかったので、桂の言うなりに一緒になって丘を下った。たまにすれ違う大人たちはぎょっとした顔でこちらを振り返ったが、
桂は全く気にしない様子で愉しげに歩いていた。

  ほんっと、ヘンなやつ。
銀時は桂に手を引かれながらもう何度目かのため息を吐いた。











「何をぼーっとしておるんだ貴様。妖精でも見えたのか?」
「見えるか、んなもん」
銀時はため息混じりにそう言い、銀髪を水浴びした後の犬のようにぶるぶると振った。
今日はやたらと懐かしいことばかりを思い出す。
どこか浮き足立った春の匂いの所為でもあるだろうが、それだけが理由ではないのは確かだった。
日常が壊れかけている。崩落はすぐそこにまで近づいている。軋む音が確かに聞こえるのだ。
桂を見ていると、今まで通りの日常が其処には未だ厳然と存在しているように思えてくる。
長い髪、細い顎、纏う空気、桂は師がいなくなる前と何も変わらずにいて、そしてそれらはひどく銀時を安堵させる。
だから今、彼と話している間は見て見ぬ振りができた。忍び寄る影などないように思えた。
それでも耳を澄ますと、確かに、音が聞こえる。

「これ」

銀時は徐にくすんだ緑色の袴の懐から紙切れを取り出し、桂に手渡した。書簡のようなそれを、桂は不思議そうに受け取り、静かに開いた。
なるほど頭のいい桂は、その内容の意味を目を通してすぐに理解したようで、愕然とした表情を浮かべた。

「銀時、これは__」
「すげーな、もう分かったの。俺なんか2日もかかったってのに」
「分からん。何だ、これは」

桂は声を荒げた。それと同時にタイミングよく、強い風が吹いてふたりの間を大袈裟に揺らした。草木は呼応しあい、耳障りな歌を奏でる。
分からん、と言う桂の表情は険しく、分かることを拒絶しているように見える。銀時は自分でも驚くほどに冷静に友の顔を見据えることができた。
ふと、吉田に返り討ちに遭った時の情景が蘇ったがすぐに消えた。

「辞世の句、だろ」

吉田が置いていったその詩の意味を、銀時も本当は半日くらいで理解していた。
残りの1日半は、拒絶と受容と絶望に費やした。きっと桂はその半分以下のスピードで、しかし銀時と同じ感情の道を辿るだろう。そしてここへ戻ってくる。

「あの人、死ぬ覚悟だぜ」

桂のめったに崩れることのない人形のような端正な顔は、今まで見たこともないほどに人間らしい表情を浮かべていた。
赤みがさし、眉間には深く皺が寄せられ、涙が滲んでいる。
そこにはもう、どこにも日常の姿はなかった。

狼狽える桂に銀時はあの日よりも冷たい声音で告げた。


「もう、帰れば」












妖精妖精うっさい子ヅラ 絶対エリザベスって名前の妖精がいたんだと思う
むしろおまいが妖精だと思うんだっぜ!

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